わが思うこと涯(かぎ)りなく、命に涯(かぎ)りあり、見たき書物は多く、手許にカネは薄し
学問は遊びだ、と言う南方熊楠。なーんか歴史の授業で習ったような、くらいの聞き覚えのある名前、だったんだけど、何かしら私の好きな分野の本とか著者が名前を挙げるもんで。そういう縁で、昔何度か南方熊楠に関する本も読もうとしたことがあったような気もするんだけど、どうも記憶があいまい。
海外で現地の人と外国語でケンカ(議論)できるくらい語学デキた人。
どこにも所属せずに超マニアックに「学び」を追求した人。
日本で初めて「エコロジー」という言葉を使った自然を愛する人。
歩くエンサイクロペディア(百科事典)と言われるくらい博学だった人。
森羅万象を探求、研究、実践した人。
肩書きがなくては己れが何なのかもわからんような阿呆共の仲間になることはない
めちゃくちゃクセが強そう。
民俗学の巨匠、柳田國男に「日本人の可能性の極限」と称されるスゴイ人。なのに、全然有名じゃない。
wikiで紹介されていた、驚異的な記憶力を持っていたといわれる南方熊楠の勉強方法が、私のやり方にフィットしてて嬉し。
- 自分の理解したことを並べて分類する。
- 分類したまとまりを互いに関連させ連想のネットワークを作る。
- それらを繰り返す。
このイメージ!
語学習得の極意は「対訳本に目を通す、それから酒場に出向き周囲の会話から繰り返し出てくる言葉を覚える」の2つだけであった。
細かく言えばもっと地道なこといっぱいしてると思うけど、大きな柱をちゃんと把握してた人だから、何か国語も自分のものにしたんだろうな。
抽象的な「全体像(全体のイメージをとらえる)」ことができるから、具体的な情報の使いどころ(勉強方法、ツール)もその都度必要なものを取捨選択できる。
蔵書家ではあったが、不要な本はたとえ贈呈されたものであっても返却したという。また、「学問は活物(いきもの)で書籍は糟粕だ」[37]とのことばも残している。
エピソードにいちいちしびれる。
1903年7月18日に土宜法龍との書簡の中で記されたマンダラ。書簡の中で図で記されている[5]。この図において熊楠は多くの線を使って、この世界は因果関係が交錯し、更にそれがお互いに連鎖して世界の現象になって現れると説明した[30]。
概要は、わたしたちの生きるこの世界は、物理学などによって知ることのできる「物不思議」という領域、心理学などによって研究可能な領域である「心不思議」、そして両者が交わるところである「事不思議」という領域、更に推論・予知、いわば第六感で知ることができるような領域である「理不思議」で成り立ってる。そして、これらは人智を超えて、もはや知ることが不可能な「大日如来の大不思議」によって包まれている。「大不思議」には内も外もなく区別も対立もない。それは「完全」であるとともに「無」である。この図の中心に当たる部分(イ)を熊楠は「萃点(すいてん)」と名付けている。それはさまざまな因果が交錯する一点である熊楠によると、「萃点」からものごとを考えることが、問題解決の最も近道であるという[5]。
熊楠の考えるマンダラとは「森羅万象」を指すのである。それは決して観念的なものではない。今ここにありのままに実体として展開している世界そのものにある[30]。
これ、鞍馬寺の「網の目」のハナシと一緒だな。「萃点」かぁ・・・。
ロンドンの天文学会に発表した論文「極東の星座」。足元のミクロな生物(コケ、菌)から天文まで、とにかく知識欲がすごい。その熱意と。なんかすっごく刺激うけた。
ミナカタ。
クマグス。
「民俗学」ちょーおもしろい。