「ものがたり」を共有できる場を、つくってみたいなぁって思って。
読書会だけど、別に本じゃなくてもいいんだ。
共通語として、本があると気楽にできそうだなってだけ。
ものがたりには、「癒し」のチカラがある。
それをシェア(分かち合い)できる場がつくりたいなぁ、って。
「癒し」はもらったり受け取ったりするものじゃなくて、自分側のチカラ
「癒し」ってのは、何か悪いものを解決したり、よくない部分に働きかけて改善したり、気分の悪くなる要素から視点を外す施術だとかアイテムのイメージがあるかもしれない。
でも私は、「癒し」ってやつは「自分を信じるチカラを取り戻すこと」なんだって思う。自分には、自分を動かすチカラがあるって自覚すること。
内側から動かない限り、全ての癒しは無意味!
自分を癒せるのは、自分だけ。
自然治癒力って言うと、オートマチックに発動する免疫システムをイメージしちゃうけど、それを自覚するというか、信じるというか、もっと能動的な自分側のチカラとして発動することができるのが、癒されるってことなのかも。
アイテムのパワーだとか、施術者のテクニックとか、そういうのんももちろん「癒し」なんだけども。自分が自分を満たしている(癒している)んだって感覚がなけりゃ、受け取るものの質も全然違ってくるでしょ。
自分(世界)に対する信頼感
「自分には問題や欠損があって、そこをどうにか外部から補修せねばならぬ」とか「相手には問題や欠損があって、そこをどうにか私が補修してあげねばならぬ」ってエネルギーで人(や世界)と接すると、それを証明する現実しか見えなくなる。
これはスピリチュアルな「法則」って言われたり、心理学の「ほにゃらら効果」って言われたり、脳のチョメチョメ機能に由来するって言われたり、まぁいろんな"解説”はあるんだけども、どれでもいいや。
そういう仕組みの中に生きてるってことは確かなのよね。
「自分(世界)への信頼」という「癒し」の感覚は、悟りの境地かってとそんなに高尚なもんでもないよ。たぶん、小さい子どもは皆この感覚あるんじゃないかな。
赤ちゃんは自分になにができて、なにができないか、その凸凹に「良し悪し」の判断をしたり一喜一憂しないでしょ。「月」を経由して人間界に馴染むことで、その感覚(世界に対する信頼感)は編集されていくんだろうけど。
魚座の「癒し」は、受容する癒し、なんて表現されるんだけど、まさにこの感覚なのかもしれない。世界への信頼がベースにあるから、ひとつひとつに「良し悪し」を見つけて改善しようとするんじゃなくて、全部まるごと受け止める。
乙女座の癒しと魚座の癒し
乙女座は、魚座の180度先、真正面に位置するサイン。
その乙女座も、「癒し」というキーワードを持つ。
乙女座は現実を分析、把握して問題解決をはかろうとするサインだね。
これはこれで、とってもダイジな視点なのです。
魚座の癒しは問題をうやむやにしてしまうこともある(笑)
現実や問題から目をそらす「癒し」。スピリチュアルにまとわりつく世間からの悪印象の正体はコレでしょ。魚座はスピリチュアル。
「すべては起こるべくして起こってるのよ~」は、無責任な問題放棄にもなりかねない。
世界への信頼、自分への信頼は、かなり深いレベルで自分を癒す。
それこそ目に見えない領域(12ハウス)、タマシイのレベルで。
それを目に見えるカタチで現実に結び付けるのが、乙女座の能力。
魚座(12ハウス)乙女座(6ハウス)は「癒し」エネルギーの両輪。
魚座が木星に移動したこと
木星は拡大、そして肯定の星。
「自分(世界)に対する信頼感」が持つ圧倒的「癒し」のチカラを、感じてみよう。
答えは目の前には、ない。自分の中にも、ない。
自分が、大きなひとつのこたえの中に、いるだけなの。
まさに先日お届けしたホロスコープリーディングが、こんなメッセージだった。
「ものがたり」を響きあわせる
読書会について書こうと思ってたのに、魚座と「癒し」のはなしになってしまったよ。
「ものがたり」を共有したい、ってのは、ひとりひとりが持ち寄る「ものがたり」をそのまんま受け止める場にしたいのだよ。魚座的な、相手(世界)を信頼する場。
「自分を信頼する力」って、ほとんどの人が忘れてると思うんだよね。
私も、もうカスッカス。でも、話し手のコトバに耳を傾けて、その世界をまるっと受け止めてもらえる場に身をおく(響関する)ことで、それは取り戻せるんじゃないかって。癒しが起こるんじゃないかって。
『共感のレッスン 超情報化社会を生きる』では「人間は人間を根本的には救うことはできない」と言っていたけど、ここでいう「人間」は「他人のコトバ、外からの働きかけ」という意味なんじゃないかな。
「共感」ってのは、振動を合わせること。チューニングすること。そういう結論だったっけ。それって、「響関」のことだね!響き合い、関係しあう。
共感、そして響関には癒しの力がある。共鳴・共振することによって、ちぐはぐな状態(不協和音)から心地いいハーモニーを取り戻すからなのかな。
なんだかよくないオーラとかブツのことを「邪気」っていうじゃない。「邪」の「牙」って字はね、「嚙み合わない」とか「食い違う」って意味が語源らしい。
波動が低い、高いは問題じゃない。波のリズムが崩れてるのが不調なんだよ、って変態ゆうあ姉さんが言ってたっけ。
私が「ものがたり」を共有する場に期待するのは、「自分への信頼感=癒しの力を思い出させてくれる場」になることと、「生命力を高める場」になること。
波動を整える、みたいな言い方は・・・私は抵抗があってできないけど・・・(笑)
人間は矛盾しているから生きている。
全く矛盾性のない、整合性のあるものは、生き物ではなくて機械です。
命というのはそもそも矛盾を孕んでいるものであって、その矛盾を生きている存在として、自分はこういうふうに矛盾しているんだとか、なぜ矛盾しているんだということを、意識して生きていくよりしかたないんじゃないかと、この頃思っています。
そして、それをごまかさない。
「その矛盾を私はこう生きました」というところに、
個性がひかるんじゃないかと思っているんです。
矛盾との折り合いのつけ方にこそ、その人の個性が発揮される。
そしてその時には、自然科学じゃなくて、物語だとしか言いようがない。
そこで個人を支えるのが物語なんですね。
生命力を高める「よわいつながり」
自分が生きているということ。その「ものがたり」 が受け止めてもらえるってことは、自分のいのちを受け止めてもらえるってこと。
響関するってことは、そこに「つながり」が生まれるってこと。
たまたまその場に居合わせただけ、って言うよわ~~~いつながり。
こういう「弱い繋がり」は、生命力を高める。
リアルに、ニンゲンの寿命とか健康状態を左右するってデータも出てる。
あと、「人生の転機となる有益な情報」ってのは大抵こういうよわいつながりから持ち込まれる。違う視点、価値観、立場、バラバラでよわいつながりだかrこそ、新しい風が流れる。
まぁ・・・「鎮魂」(癒し)になるか、「魂振り」(生命力を震わせる)になるかは、その場その場で変わってくるんだろうけど。
そういう何が浮かび上がってくるかわからない「場」ってのも、面白いんじゃないかな。
【星の読書会】お誘い
6月25日㈮10:30~(60分くらい)
オンライン(ZOOM)で、第一回キックオフ!
参加費:無料
☆初回は本(漫画、雑誌、ポストカード、なんでもOK)持ち寄りで「これおもしろいよ~」とか「なんとなく好きで」ってのを共有したいな!
☆占星術の知識は不要!でも占星術が好きな人集まってたら占星術ネタで、持ち寄り本に関連しそうなお題トークやっても楽しそうね^ω^
実はまだ進行方法だとか内容をハッキリ決めておらんのだけど、とにかく興味ある人いたら(なんかよくわからんけどオモシロそうやんって思う人)お話しませんか??
ゆくゆくはワンコインくらいで、きちんと参加しやすい仕組みづくりを頑張ろうと思うのだけど、初回は無料で、参加ハードルをさげようかなって思う!!
占星術ネタ全開な、こっちのプロジェクトも参加者募集中★