自分を知るってことは、あくまでも現在地の確認であって、その場に自分を縛り付けるもんじゃないぞ!
太陽は現在地、現在地がわかるから行きたい場所に進めるのだ - STAR SHIP☆星読み航海図
占星術や占いを、自分を知るために活用しようって言うけども
それって、自分を特定のキャラクターに固定することとはまた違うと思うんだ。
自分らしさってのは、あくまでもドーナツの穴の部分であって、占星術が示すのは穴の周りにどんな素材がどんな偏りで集まりやすいのかってこと。
現時点で自分は穴の外にどんな生地をどんな具合に集めてきたのか。どんなフレーバーでどんなトッピングをしているのか。これからするつもりなのか。
それを知ること。
それからこの先どんなドーナツ🍩(の穴)になりたいのか。そのために集めたい素材は何なのか。どうやって生地をこねていこうか。加工しようか。
あなたはこんなドーナツです、って完成品を示してくれてるわけじゃないよね。
それはこの人生が終わるときに分かること。
周りの部分ができてきて初めて、穴が見えてくる。
ずーっと、ドーナツづくりの「プロセス」の中にあるんだよ。人生、はじめからおわりまで、プロセス。
穴は最初から穴なんじゃない。
周りの部分ができてきて初めて、穴が見えてくる。
といっても…
素材集めのための「傾向と対策」とも違う気がするんだよなあ。
私達はそれぞれ「自分のストーリー」の中にいて主人公を演じている。
これはよく聞く例え。
そうだな、このストーリーは《即興的な》芸術作品だってこと。
ひとつらなりの『意味』を見出すのは、即興的に編み出した短編集をパッチワークみたいに繋げたあと。結果的に見えてくる。
即興的ストーリーのパッチワーク。
また、物語を読みたいなぁ…
私の生の現実の重みが、赤子の登場でグッと増しているというのに。
眼の前の赤子のにおい、手触り、声。
重さと温度のある具体的な世界と、色も形も時間もない抽象的な世界。
その接点にある物語が、人生を活き活きと、3Dよりも4Dよりもリアルでエキサイティングでしっぽりと染みる穏やかさでもって、今生きているって感覚を楽しませてくれるんでないかな。
《宇宙からのギフトを読み解くプロジェクト》が、うずうずしている…