辻褄合わせが結ぶ世界

最近読んだ本。。

古い時代ほど史料が乏しいので、そのぶん迷うことも多くなります。物証がないなら「仮説」で補うしかありません。その仮説を極限までふくらませ、模糊たる靄の底に沈んでいる風景をリアルに現出させたもの──が、「小説」です。

 

小説を空想妄想、単なる絵空事と侮るなかれ!

 

しかし、あえて小説から眺めたいのだ、と言いましょう。空想妄想の中から浮かびあがってくる真実のようなものも、きっとあるはずだからです。

小説はフィクションではありますが、格好の思考実験の場であり、その仮説が「生身の人間の人生」としてありえたかどうかを試してみる、よきシミュレーション装置だと私は考えています。

 

ほんとね、これはすごい…と本気にしてしまう物語ってのは、凄まじい考証やら取材やらを経て理論武装されてるもんだから。

歴史小説も、科学小説(SF)も、完全に異世界を舞台にしたファンタジー※だって!

 

世界的ファンタジー指輪物語は、その世界の地理、歴史、各種族の言語まで緻密に創り込まれてるのが有名。

 

小野不由美せんせの『十二国記』シリーズもすごかったなぁ!

 

上橋菜穂子せんせのファンタジーはどの作品も全く違う世界線なのに、それぞれにリアルな迫力がある。

↑最新作は植物と香りをテーマにした作品!!!物質的なニオイとして表現されてるけど、これってフラワーエッセンスに通ずるもんがあるなぁ!と思いながら読んだよ

 

ファンタジーの世界ってのは、目の前のリアルな現実(A)をとことん見つめた目を、ずんずんずんずんズームアウトして、めちゃくちゃ大きな枠で捉えたあとで、そこからまたピントをずらしてかなり至近距離までズームインした現実(A’)なんだと思う。

 

だから目の前の現実とかけ離れている世界を空想世界に描いているようで、実はそうじゃない。全く同じ世界を、ほんの少しずらしただけのリアルな現実なのかもしれない。

 

別の層の現実というか、パラレルワールドというか。

 

 東のはてで西のはての年代記を読む(はて、はてとはての境目ははたして西なのか?東なのか?)

 

ふと思ったケド…

ワタシは、辻褄合わせ、が好きなのかな。(笑)

占星術しかり、古代史しかり。

 

ここをこう繋げて、この側面をこう読んで、これこれこうすると…一本の筋が繋がって物語が動き出す!!みたいな快感。

カチッカチッとハマっていくエンドルフィン分泌(笑)

 

辻褄合わせといえば左脳(理性)の役割。水星ですな。

私達の考えていること、感情、心の働き、それって結局「辻褄合わせの結果」でしかないんだよ、ってハナシ。

 

ちなみに私は左脳型、右脳型って括りは「わかりやすさ重視のエンタメ」で、血液型占いみたいなカテゴライズ占いに近いと思ってる。

 

脳の機能って意味で見たとき、どれだけ「私って右脳型ニンゲンなの〜」といったところで、その考えそのものが左脳の辻褄合わせの結論でしかないのよ。

 

身体の反応、受け止める文脈、辻褄合わせ…この絶え間ない即興の連続を占星術語で言い換えるなら、月を土台にした水星と金星の饗応!!

 

生命の樹のこの部分。

いっちゃん下のスタートラインが地球(現実世界)で、月の肉体感覚を金星と水星のフィードバックをもとに、太陽という結論に至る。

 

心の深み(無意識)なんて、全部「虚構(フィクション)」だよ

 

起きたときに覚えてる夢ってのは、目が覚めたときに「辻褄合わせ」された情報らしい。

例えばビクン!ってなって起きたときに「落下した夢」を見たと思うは、先に受け取った「感覚」があって、それを起きたときに「辻褄の合う意味」に置き換えてるから。

 

…と、言う話を夢の中で聞いていた。

これは2021年9月に書いた夢のメモ。

 

その後読んだ本におもしろいハナシがあって、伏線回収。

 

右脳と左脳のつなぎ目(脳梁)を切断手術した患者さんの実例集を読んでて、これのことか・・・!!って発見した。

 

右脳だけ(左脳と連携が取れてない状況で)でキャッチした情報は、確かに身体は受け取っているのに左脳で把握できてないから「存在しない」ことになるらしい。

 

左目(右脳)にスプーンの絵を見せて、何が見えましたか?と聞いても「何も見えません」って言う、みたいな実験結果がたくさんある。

 

左目(右脳)で受け取った情報をアウトプット(絵に描いたり、ボタンを推したり)してもらうことはできる。でもそれをなんでしたんですか?と聞くと「わかりません」と答えるんだそうだ。

 

おもしろいのは、右脳でキャッチして行動した結果は、その理由がなんなのか分からないんだけども、左脳で理解できる範囲で「説明」しようとするらしい。

 

たとえば左目(右脳)に「歩いてください」って伝えると被験者は立ち上がって歩き出すわけだ。でもなぜ歩いたんですか?と聞くと「喉が渇いたから水を取りに行こうと思って」とかつじつまの合う理由を述べる。

 

左目(右脳)におぞましい映像を見せて本人は猛烈に不安で不快な感情になる。でもなぜですか?と聞かれても「よく分かりません」って言う。

そのあと左脳は「私はあの先生が苦手だ。一緒にいると不安になる。あの先生のことが怖いのだ」と理由をつくりあげる。

 

右脳ってのは感覚、無意識のゾーン。占星術で言う月の領域ですな。無意識は体や感情に現れるんだけど、それがなぜなのかってのは、自分が後付けで「理由」を探すしかない。(というかいつも無意識に後付けの理由をつけている)

 

これだったんだよ!!

夢は膨大な無意識の情報にアクセスしてるフィールドでしょ。それってもともと言語で捉えられてないわけ。目が覚めた後、つじつまが(理解できるレベルで)合うように構成し直されてるワケ。

だから象徴の世界なんだよ。神話に近い。

 

「そういうことね」を繰り返しながら前進する

 

心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学 (講談社選書メチエ)で、書かれていたこの部分↓

今日の思考が昨日の前例を踏まえるのと同じように、今日の思考は明日のための前例となっていく。そうして私たちの行動や言葉や生活は一貫した形を保っている。したがって、何が人それぞれを特別な存在にしているのかといえば、その大部分は個々人の思考や経験が経てきた歴史である。

言い換えれば、人は誰もが、つねに創造のさなかにある唯一無二の伝統なのだ。

この部分は、月が形作る「自分らしさ」を指してるなぁって思う。一貫性を保とうとする力、ホメオタシス含め、維持するジブン。

 

「事実」だと思っていることの9割は・・・

 

お前の95%はスポンジボブでできている

 

その反面、常に創造のさなかにあるって部分は太陽だ。その先のジブン。

 

著者の表現をそのまま借りるなら

過去という主題のもとで現在という即興曲を奏でる

のが、太陽と月の軌道の中心に浮かび上がる(天動説視点ですからね)ジブンってこと。

 

この心理論にのっとれば、「理性と感情が衝突する」なんてことはないわけで。

だって理性は常に感情とワンセット。ぶつかっているのは別々の理性×感情チームが導き出した結論ってことになる。

 

以上、読んだ本からメモメモでした!!

今井むつみせんせ(大好き♡)の最新刊を図書館で発見してホクホクなのであります。

 

また赤子を通してコトバの世界に思い馳せる今日このごろ。

 

二人の子どもたちに肉体と精神をバキバキに鍛えられておりまふが、同時に癒やされてもおります。

 

 

 

バキバキゆえに、フラワーエッセンスの応援(癒やし)を求めているのでしょうな(ヽ´ω`)ゲソ…

 

昨日に引き続き、ゴリゴリ文章が書けて嬉しす。