ワカラナイ、に向き合う力

ホロスコープの読み方(=西洋占星術)を学んで1年経つかな。

占い、リーディング、というと神秘的なご神託、神がかり的要素ばかりイメージが先行してしまうけど、そうじゃない部分に私は惹かれて追及してきたんだと思う。

 

科学的かどうか、数学的根拠があるのかとか、そういうことじゃなくて。科学と神秘が違う立場で物事を見ているんだから、そこは辻褄合わせは必要ないと思ってる。

 

どっちが正しいのか、という目で見る限り永遠に「こたえ」は出ないだろうし。それって異文化理解、国際理解の前提と一緒じゃないかな。

 

外国語に限らず同じ母語話者だってそう。使ってる言葉が違う。言葉の使用目的が違う。そうなると何を言っているのか分からない、何が言いたいのかも分からない。

 

相手が違う前提の上にいる、ってことに気付かないと、異文化コミュニケーションは難しい。「前提」とか「常識」ってやつはやっかいで、ほとんどが「暗黙のルール」見えない論理(無意識)に支えられている。

 

そや、向こうさんの前提で見ればコチラの表現は「不正解」かもしれない。コチラの前提そのものも「不正解」なのかもしれない。

 

www.quickanddirtytips.com

 

占星術は「真」か?科学的見解はこう!』

  • 占星術はそもそものメカニズムに欠陥がある―生まれたときの星の位置が個性や運命にどう関係あるというのか?
  • 地球の動きは月毎に占星術的星座の位置からズレて行っている
  • 科学的調査によると、占星術は単純なきっかけ以上の結果を予測することは全くもって不可能である

 

 私はこの、占星術は「偽」なり、という主張も一理あり。だと思ってる。

地球の位置に関して言えば、理屈としてはそれを補うような占術(ヘリオセントリック)もあるにはある。 

 

 

私は占星術のリーディングは学習プロセスの自覚化、自己分析のツールみたいなもんとして使っている。もちろん、未来予測的な使い方もするけど、「もしこういうパターンが訪れるなら、自分はどんな態度で臨むのか、どんな行動をとろうと思う?」という問いかけだと思ってる。

この問いかけは「今の前提」に沿ってる必要は全くないし、むしろ突飛な結果やシンボルが出てきた時こそ「選択する力」をつける問いになる。

 

神秘の世界には、「正解」がない。

正解がないという前提を、「真か偽か」という前提のある現実世界、科学のフィールドに持ち出すのは結構タイヘンな作業だと思う。でも私たちの肉体は現実世界に生きてることに変わりはないから、「自分の頭で考えて」「選択して」「行動する」しかない。そのきっかけが神秘的世界からのメッセージや問いかけだったとしても。

 

 

訳が分からないものを突き付けられた時、ニンゲンはどう反応するのか。

たいていはひじょーに不快なのだ。自分の前提を脅かすかもしれないとなれば、不快極まって相手を攻撃するか、考えることを放棄するか、拒絶して避けるか。Fight・Freeze・Flyの原則?

 

 

でもニンゲンの学習能力ってのは、そのワカラナイことに敏感に反応するようにできているらしい。赤ちゃんとか小さな子ってのは、ワカラナイことに積極的に働きかけて、そのフィードバックから学習する。成長する。先の次元に進化する。

 

ワカラナイことってのは、正解がない世界。

生きていくうえで必要なのはワカラナイ世界に向き合う力。いくら科学的見解に立っていても、ここんところには同意してくれるだろう。