知覚できない事実というのは、人間が感じることはできないが、先端技術であれば検知できる物事のことだ。
典型的な例が望遠鏡(人間の知覚を拡大する)と顕微鏡(人間の知覚を縮小する)である。
どちらもガラスのレンズを使って、光の感じ方を修正し、拡張するものであり、それを通して(特に旧式の装置の場合は)人間の目が感じ取っているのが、恒星や惑星、ガの翅から反射されたり、放射されたりした光子そのものである。
考え方、思想もそうさ。
物事の捉え方、理解の仕方、咀嚼の仕方。
レンズを通せば「知覚」できる世界の姿。
プロジェクトで使ってる「12枚のレンズ」ってのも、ひとつの拡張現実!だな!
このレンズを通して知覚する「時間」を軸に、満月の意味を考えてみると……
満月の「狂気」について、オモシロイ仮説が浮かんだ。
これはプロジェクトメンバーの限定記事でシェアしよう〜!
人類は数百万年にわたり、慈悲深くて、変わることなく存在する月の下で進化してきた。そして100万年の時間スケールで、月を詩や物語、神話や占星術、宗教の支えとする共通意識を生み出してきた。
月を科学的に理解しようとするときには、そのすべてを急いで解き明かすことはできない。
月の起源や進化をめぐる科学的な議論は文脈に満ちている。月には意味があり、それには地球物理学や天文学、あるいは宇宙科学のどんな分析も遠く及ばない。
あらゆる思想体系には、科学的な部分と宗教的な部分の両方が組み合わさっている。
それこそが、自然界を頭脳と心の両方で最もうまく説明する方法だ。
探査することが科学における陰陽の「陽」だとすれば、理解することは「陰」だ。
どちらも、もう一方なしでは前進できない。
ある真実のほうが別の真実より優れているというのは間違いだ。
なぜなら、真実のあらゆる面が人間という存在の本質を表しているのだから。
『地球に月が2つあったころ』の著者は惑星科学者エリック・アスフォーグ氏なんだけど、こないだ読んだ『惑う星』を思い浮かべた。
あの物語の主人公が、宇宙の地質学者だったなぁ。
彼は太陽系外を研究していたけど、この本は太陽系の星星について。
月形成の新理論を軸に、惑星や小天体がどのように生まれ、現在のような太陽系の姿になったのか。
生まれたばかりの太陽の周りにあった惑星の材料から直接地球が生まれたわけじゃない。
木星の位置も違う。
かつて存在して今は消滅した惑星、衛生もある。。