折りたたまれた時間のひだを

モモッ!!

第三部、最終章の読書会、最後までモモしろかったッ!です!!

 

今回はあえて「反対の視点」を何度も投げかけて波紋を楽しんでたワタシ( ´艸`) モモの世界観やエンデの価値観に反対ってわけじゃないんですが(むしろ大好き!!)…

 

「わかるわかるー!!激しく同意!!」と同じ主張だけ持ち寄って補強しあうだけじゃなくて、「全然わからない」視点を混ぜてみたほうが、自分は何に共感して、何に違和感を感じるのか、よりクッキリするんじゃないかな?という実験でした。

 

そんなイヤラシイ主催者でしたが(笑)

参加者みなさんのひとりひとりの世界観、経験談、言葉が全部ステキで、おもしろくて、モモしろかったです♡♡

 

幼児化していく精神性

会の中で触れた動画はコチラ!

その時代その時代で話題になった漫画やアニメ等大衆娯楽のコンテンツを通して「日本人の精神性の幼児化(そしてまた大人になろうとしている)」って流れを紹介してます。

 


www.youtube.com

⇩だいたいこんな感じ

0:45 今の社会情勢(戦争)について(2022年3月)

3:20 ウイルスにまつわるはなし

6:30 『進撃の巨人』は80年代半ば以降生まれの本音

・彼らの混乱、メッセージを追体験する覚悟ができない大人には辛いストーリー

・『進撃の巨人』は壁の中でどんどんバカになってった国民に対して「お前ら目覚めろよ」ってハナシ=戦後どんどんバカになっていった日本人(壁…アメリカ)

・壁の中にあふれる「大人なのに子ども」精神性の人

・『進撃』世代以降いきなり「大人」になる

9:50 若者の主張はコンテンツの中に現れる

 

戦後すぐの若者:完全な大人(手塚治虫水木しげる赤塚不二夫

ヒューマニズム、人間らしく生きたい、人道主義反戦思想

・ロマンやユーモア、冒険を求める

・背後にはリアルな悲しみ(戦争体験)

・残酷を知っている人の残酷=ドライ

※本当の残酷さを知らないと不安=不安をリアルと思い込むウェットな残酷描写

 

戦争を知らない団塊世代:大学生(ベルバラ、デビルマン仮面ライダー

・反社会階級、反差別、反物質主義

・上の世代の厳しさへの反発

アウトサイダー系(世の中の発展からはみ出た者=かっこいい)

・次第にわざと子どもっぽく振る舞う傾向(ピンクレディー

 

80年代オタク文化の先駆け:高校生(うる星やつら鳥山明

・重い団塊世代への反動、もっと軽く!

・難しいこと考えても何も変えられないんだから

・自分の回りの世界の再発見、日常の美しさに目を向けよう

 

バブル崩壊世代:中学生(スラムダンクキャプテン翼セーラームーン

・夢の世界、ここではないどこか、現実の否定

・自意識MAX(天才、無敵、最強)

・非現実、バーチャル(異世界)への逃避感覚(ポケモン

 

00年代:小学生(モモ)

・純心無垢が最強、子供らしさの賞賛

・それまでは「あえて子どもっぽさ」を表現していたのが、ここから「難しいことはムリ~」分かりやすさを求める幼稚さ(反知性)の流れ

・本格的にアホになっていく日本人が表面化

・社会的意識よりも分かりやすさ

・主に麻酔系コンテンツ(わかっちゃいるけど現実は見れないよ)

パリピは虚構(外の世界を見ないから自分の世界の中でキラキラできるオレたち)

・この世は天国だと思い込みたい、誰かがそう言ってくれれば従う集団催眠

・いじめや自殺等社会の苦しみが背景に

・滅んでいくものへの美意識

・「他者」を考える余裕がない状態

・キミとボクだけの世界観、エゴイズム(キミの名は)

震災前後の時期から、流れが変わる

・0年代後半産まれの作家(例『進撃の巨人』)→子ども化の流れが止まった

・何が問題か?を考え始める

 

 

今回読書会で「ヤンキーブーム」とか「手塚ヨットスクール」のハナシも挙がってたけど、こういう時代の流れというか、全体の背景を照らし合わせるとまた面白いんじゃないかな( ´艸`)

 

『モモ』が話題になった時代、そして作家ミヒャエルエンデの生まれ育った背景とかね。もちろん正解は無い。私は分析したいわけじゃなくて、いろんな視点でみえる違う景色をシンプルに楽しみたいだけ。

あ、こんな見方もできるねー!おもしろいねー!って。

 

それは「あそび」?「あそび」じゃない?

灰色の男たちが子どもをモモから切り離すためにとった手段が「おとなたち」。つまり、教育!将来の人的資源のために「ムダ」な時間ではなく、才能を伸ばす役立つ「あそび」を提供すべき。遊び方もその結果も、大人の決めた遊び。

 

それは本当に「遊び」なんだろうか?

『モモ』のストーリーはそういう問題提起がベースにある。

 

それで、「じゃあどういう活動なら”あそび”といえるのか?」って質問。

誰かに決められて、やらされてることは「あそび」じゃないんじゃないか?

実験的な感覚、自分で決めて取り組めるなら「あそび」かな?

自分からやりたいって思ってやることだったら「あそび」?

夢中になること、楽しめることが「あそび」?

じゃあゲームとかは楽しんでても「あそび」じゃないのか?

例えばスポーツみたいに、その過程で苦労したり、キツイと思えることは「あそび」じゃない?

 

この問いに正解はないし、優れてる考えも、劣ってる考えもない。って私は思うのね。だからモモの前提にある「考え」も、(私もエンデの価値観や考え方が好きだし、賛成するけど)それが「優れている(よりよい)」とは決めつけたくないって思ってる。

行動指針として採用はするけど、これだけが絶対的な正解とは思ってない。

私個人はね。

この考え方もまた、こんな考え方がヨイからみんなそうしよう!とも思ってないわけで、これがヨイとは言い切れないにしても、私はこの生き方を採用する、ってだけ。

 

ここいらは誤解されやすい。伝えるのがムズカシイんだけども(;^_^A

だからこそ、イイ!と思ってる人もソウジャナイ!って思ってる人の声も聴きたいなぁって思う。

 

例えば子どものピュアさが「善(光)」で、商業主義は「悪(闇)」だ、と単純化してしまうと・・・見落としてしまうことも多いかもしれないって、それは気をつけようと思うの。

 

ハナシを「むずかしく」したい、とは全然思ってなくて!!!それは単純に私の理解力と表現力の拙さだから。。。ただ、0か、1かってデジタルな思考では「無いこと」にされている0と1の間の存在を、「仮にないこと」として扱うのと、「本当に存在に気付いていない」のは全くハナシが違うから。

 

現実ほとんどの部分を占めてるのは、白でも黒でもない、グレーゾーンだってこと。

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不完全なニンゲンを、不完全なままに「愛」でつつむ愛しのヘンタイ姉姉も「グレー」で表現してたなぁ♡♡

自然界の完璧な周波数の、
オクターブが変わる境目の…グレーな所はきっと、
不完全な私達人間なんだろう。

 

それがピッタリと合わさって…
完全な物になっているのかもしれない。

 

割り切れない物が混ざって合わさる。
だとしたら本当に世界は完璧だ。

 

世界は完璧なトウモロコシ(笑)

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トウモロコシの絵がツボ(笑)Tシャツのデザインにしたい(笑)

 

 

ちなみに私にとって「あそび」って生き方そのものに関わる重要テーマなのです。

私は、遊ぶひと

ホモ・サピエンス考えるヒト)に対して、ホモ・ルーデンス(遊ぶヒト)

 

語学も、占星術も、幼児教育も、読書も、ワークショップやイベントも、起きて寝て食って生きているこの私の人生は、遊びのためにある。

 

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「あそび」ってなんぞや、をけんきゅーしたホイジンガ「あそび」こそが人間らしさ(文化)に欠かせない役割を持ってるんだ、という視点で「あそび」をこう定義する。

 

▶ 手段ではなく目的

遊びは何かメリットを求めた手段ではなく、それ自体が目的で、遊ぶために遊ぶから遊びなんだってこと。

▶ 始めるのも終わるのも本人の意志(自発性)

誰かに強制されるものじゃなく、やりたいと思うからやって、やめたいと思うときにやめる自由がある。

▶ 時間と空間から切り離されている(非現実性)

遊びの世界ってのは、ある意味パラレルワールド

▶ 結果が決まっていない(不確実性)

予定調和的な結果に向かうだけだったら、遊びじゃない。

▶ ルールがある(構造がある、制限の中での自由)

遊びは自由を楽しむのと同時に、ルール(制限)を楽しむこと。

 

今回読書会で挙げられた「あそび」の考察も、ひとつめとふたつめの項目に当てはまるよね!

 

ちなみに、あえて『モモ』的世界に波紋投げかけるような質問してましたけど、私自身は効率も生産性も称賛も肩書も無縁な生き方を採用しています。

 

物語の語り手、創作者としてのジジの気持ちはとっても共感できるけど、私はジロラモにはなれないかな(笑)売れっ子願望もないし、そもそもウケるコンテンツを提供しようと思ってたらこんな内容のブログなんて書いてないでしょ(笑)

 

お、ここでハンバートハンバート!!!

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昨日書いた記事からのリンクですな。

 

もちろんできる限りの努力はするけど、カンペキにわかってもらうことはデキナイ、と諦めないと。あきらめるって言うと、放り出すみたいだけど、それともちょっと違う。

 

それも含めて「余白」に組み込む度量さ。

 

私も、贈り手であると同時に、聴き手でありたい。

すべてを「聴(ゆる)す」コトバの使い手になりたい。

「全託の祈り」手でありたい。

(中略)

「全託の祈り」を生きたいなぁ。

祈りを生きる、なんて言うと聖職者のようなイメージがあるかもしれないけど、まるで逆だで。 最近言ってる、「非生産的な活動に全力を注ぐ人生にする」ってのはまさにそれだと思うんだ。

 

余白という「あそび」、ブレーキの「あそび」とかって言い方するあれ。それってグレーゾーンってことでもあるじゃん。あ、灰色の男たちを「推し」てるわけじゃないよ、全然違うよ!(;^_^A

でもあの登場人物を含めての『モモ』じゃん。

一切登場しなければ、なにも展開しなければ、それは『モモ』じゃない。あれも物語の一部、内部の存在だよね。

 

 これまでとは全く違うけど、何も変わっていない

東洋の思想は「赤子と老人」が対照的な存在の象徴で出るんだけど、「何も持ってない無垢な状態」って意味では同じ存在。外は全く違うけど、中身は同じ。

でも、同じ状態だけど、最初の「無垢」と最後の「無垢」は全く別物

 

まさに、禅問答だな(笑)

 

「無垢」なベイビーからいろんな経験を経て無垢さを失う。大人になる。

で、手に入れたものや価値観を手放す。リセットする。

根本的な大切なもの、変わらないものに気付く。(悟り)

その、全てをリセットして戻った先の「無垢」さってのは

最初の「無垢」さよりももっと深いナニカがあるんじゃない?

 

0→1→0

この0と1の間にある矢印(→)の深み、質が、最初の「0」と最後の「0」の違いを生む。ほら、0でも1でもないグレーな「あそび」の部分!!そういうことじゃないかなー

 

 未来決定論じゃないけれど

だから、最終的に「手放す」とわかっているから「手に入れる」ことが不要だったり悪いことかって言うと、そうじゃないでしょ?ってのが言いたかったの。

 

ああ、そうだ!

先日お届けした【宇宙からのギフトを読み解くプロジェクト】もこのエネルギーの一見矛盾した動きの「必要性・意味」を描いてるものだったな!!!

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水力発電で、高いところからドバーッて落とす落差=エネルギーで発電するように。落差ってのは、エネルギーに変換できる。だから大成功×大失敗の人生経験がある人って、すごいエネルギーを持ってるのかな(笑)

そのエネルギーを何に変換するのかってので具体的な「結末」は変わるんだろうけど。

 

その、未来が分かっていたとしてもそのプロセスを実行することに意味はあるのか?って例に挙げたハナシはこの映画。

未来とか運命決定論に当てはめると、話はつまらないんだけど・・・

私が「未来」をどう捉えてるのかってのは、ここで書くと終われなくなるからまた別の記事で書くとして…( ´∀` )

 

例えばいつか「死ぬ」、このことは決まってる。肉体的な意味でね。

だからといって、「生きる」ことがムダかっていうと、そうじゃないでしょ。そこに意味を見出そうとしてみんながんばったり、苦労したり、探し求めたりなんだりしてるわけで。

 

「いつかはリセットするんだから」とシニカルに生きるんじゃなくて、全てをリセットした時に残るナニカ(変化)のために、今やるべきこと、今の選択を精一杯する。時間を注ぐ

 

それはどこかで「失敗」するかもしれない。

「間違っている」かもしれない。

だから現時点での自分の選択を正解と「仮定」するしかない。

 

仮定でいいから、その仮定を実験してみよう。

「あそびって、実験的な感覚」って読書会で出てたけど、そうそうそんな感じ。だから私は人生を遊び、永遠の実験だと思って仮定ケンショーにいそしんでおりますぞ。

 

 行きつ戻りつを繰り返して変化していく時間の流れ

最初に紹介したYoutubeのコンテンツの例でも、前の世代を否定して(反動で)新しい価値観が続くってハナシだったよね。反動の繰り返し、振り子みたい。

ちなみに占星術の12サインの流れも、前のサインの否定(反動)的性質として次のサインが続いていきますからね。宇宙の自然な流れなのかもね。

行きつ戻りつと言えど、最初の0と最後の0は別物だよ、ってこと。

 

今回はほんの一瞬だけだったけど、「夢」と「無意識」のハナシをちょっと書き加えておく。河合隼雄センセ、それからユングの見つけた集合意識。これは夢に深く結びついているゾって・・・このあたり、BOOK CAFEそらふねで取り上げておりましたが!

 

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特に「昔話」ね。

昔話って、本当はすごく理不尽で残酷なの。最近はそれを「教育のために」書き換えられてることが多いんだけど・・・

集合意識、心理学の巨匠たちに言わせれば、それは「あちゃーー」なおせっかいなのかもしれない。

 

モラルとか教訓、教育に良きことってのは、時代によって変わる表面的なもの。善悪の価値観、優劣や美醜、そういったものはその時その時で変わる。だから昔話、神話、といった古いお話はそういう教訓のために残るわけじゃない。

その時代時代で好きに解釈されて教訓話として扱われるってことはあるだろうけど。

 

んで、その教訓だとか「こうあるべし」みたいな部分は「意識」の領域に、そうでない部分は「無意識」の領域に沈む。

意識から切り離された無意識、抑圧された心の側面、「あるのに”ない”とみなされる」見えない世界の話を継承するのが、昔話や神話が担っている働きなんだよ、って、そんなハナシしてなかったっけ。

 

残酷で理不尽で、今の価値観だったら悪いと思われる奴(三年寝太郎とかさ)が成功したりする昔話。なんにも悪くないのに、惨い目に合う主人公もたくさんいる。

それはそれで、伝えられる意味があるのかもしれない。

 

 

でも「残酷なもの、醜い世界は見せたくない、聴かせたくない、与えたくない」って親心もわかるよ(-_-;)でもこれも、バイキン排除して無菌状態でいたがる嗜好に似てるな~っとも思う。

 

 怖い夢、残酷な物語

そうそう、モモは悪夢をみる。

その夢は不安の極限を象徴したような、ナイトメア!

でも、その夢から覚めたあと、モモは「勇気と自信」を手に入れた

 

陰極まって陽に転じたのか?

これは「夢」や昔話のもつ役割、無意識の働きじゃないかな!!って思ったの。意識したくないこと、避けたいこと、不安や恐怖、抑圧・・・そういったものが放り込まれる無意識の世界。

それを敢えて無意識の世界(夢や物語)で再生することで、「自分の中に取り込んでチカラの糧にする」というか、その次に進むエネルギーになるってことを描いているじゃないかな?!

 

精神分析家でそういうはなししてる人、いたよね?誰だっけ?河合隼雄せんせ?ラカン

 

赤ちゃんがいないいないばあとかかくれんぼで喜ぶのは、わざと潜在的な恐怖を再現している。それは不安を克服するための行為なんだ、ってハナシ。それに似てるのかなぁ。夢で不安を再現するのって。

 

再現による「癒し」だね。

癒しってのは、ふにゃ~ってなることじゃなくて、チカラを手に入れることだから。勇気と自信に近いかも。静かな確信、みたいな大きな安心感が「癒し」。

 

物語をなぞることによる「癒し」を、儀式的に行うのが「鎮魂」ってやつ。

 

思い出されて、存在を確認されること。声を聴いてもらう、受け入れてもらえること。そこで起こる「癒し」のチカラは凄まじい。

 

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私のブログも、行きつ戻りつ・・・でも二度と同じところには戻れない(笑)

 

 おりたたまれた時間の玉手箱

日本の古い物語で出てくる「折りたたまれた時間」って感覚もすごく面白いなって思うの。布みたいに、折りたたまれてて、その内側にある部分は開かないとわからない。一瞬の中に畳みこまれた時間が無数にある。

 

玉手箱の結末でおなじみ、浦島太郎はいろんなバージョンがあるけど、そのなかで玉手箱を「くしきたまのはこ」って言ってるやつがあるんだってね。

 

くし=奇し(不思議な)き玉(お宝)の箱。マジカル・トレジャーボックス。

そこには畳まれた時間が入ってて、開けた太郎は時間のひだをすべて覗ける存在=不老不死になった・・・って結末のもあるんだ。

 

『モモ』は進めるか止めるかしか時間の選択肢がなかった※けど、日本の昔話は「糸を繰る」ことで時間を逆流させる話があったよ。糸は布を編む、編んだ布が時間、そう考えると面白いね!!

※〈さかさま小路〉は逆戻しのようで、そうじゃない。時間が相殺されてる場所?

 

真麻苧(まをそ)の糸を繰り返し

真麻苧(まをそ)の糸を繰り返し

昔を今になさばや

糸巻き過去を繰り戻す。「織物」と「時間」って、昔から結びつけられてたお決まりモチーフなんだよね。『君の名を』の時間のイメージってここからきてるのかな?

 

 縦横無尽にはしる糸!

読書会最終回・・・今回のレポ記事はすごいボリュームになってしまった。「遊び」「時間」「無意識」どれも私の熱く語りたくなるトピックなんだな、と( ´艸`)

こんなの読んでもオモシロクねーよ!!なげーよ!!わかりにくい(むずかしー)よ!!という声も聞こえるんだけども、やっぱり私はこうしてコトバをこねくりまわす時間が好きなんだな、と再確認できた一日でした♡

 

読書会はじまる前に、別のブログで「こんなのおもしろくないとおもうけど」って前置きしつつ書いた記事に「あなたにとっては日常でも、私にとっては珍しくておもしろい」ってコメントもらえてね!それでひじょーにビックリして、嬉しかったの。

 

PODCASTも、そういう「何の役にも立たない」オモシロサを楽しむ場のひとつにできたらいいな~、なんて思いつつ、なかなかに手こずっております(笑)

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