そこにあるのは光、だから中心は空洞だったのか!!!

思えば今年はプロジェクトを通して「時間」とこっとり向き合うことになって・・・ずいぶん長いこと経つ気がするんだけど、まだ太陽は牡羊座エリアを運行するトキの中!

 

いやぁ、時間ってその中に生きれば生きるほど、ぎゅぎゅっと濃縮還元されていくんだなー🥤

 

一生懸命時間の中に生きるってことは、「運動」するってこと。エクササイズって意味の運動でなくて、エネルギーを変化させるって意味の運動ね。

 

運動のスピードがあがればあがるほど・・・

時間が進むのは遅くなっていく。

 

はい、これはアインシュタイン相対性理論

光の速度に近づけば近づくほど、時間はゆっくりと進む。てことは、光のスピードに追いついたら・・・つまり、光と自分の運動(エネルギー)が重なるとき、そこで時間は消え失せる。

 

アスリートのゾーンだとか、絶体絶命でグワーッッとエネルギーフル回転しているとき、スローモーションになるのもコレだと思うんだよね。

物理的な運動だけじゃなくて、精神的な運動がめちゃくちゃ加速しても、やっぱり時間の場は歪む。

 

物理的にはまったく運動していない瞑想で、究極「無」になって時間を超越できちゃうのは、エネルギーのほうが活性化しているからだろうか?

 

近づけば近づくほどにゆっくりと、ゆっくりと・・・

永遠に追いつけないアキレスと亀の競争みたいだけど、追いつくと思ったときにはもうアキレスも亀も消えてしまっているのかもしれない。

 

光と自分が重なるトキ・・・

運動と、静止が同時に存在するポイント。

脈打つ「時間」と、過去も未来も存在しない「永遠」が交わる一点。

 

それが運命の輪の軸棒ってことか!

動き続けるコマの、動かない一点。

 

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何もかもが、時間も空間もエネルギー的な存在も、なにもかもを含めた全てが生まれる中心。創造の孵化場!!

 

それは「時間という壁が消えて奇跡が現れる場所」で、変容の中心。

そこにアクセスすることで人は「本来の自分、自分の将来の姿を純粋に経験し、引き出す」ことができる。

 

創造的な孵化場

はじめは何も起こりそうになくてもいつかなにかが起こる、聖なる場所。

かつて、古の人々にとっては世界全体が聖なる場所だったわけだけど、現代人はその接点を失い、自分自身を失った。生きた汝(THOU、そなた、おぬし)の感覚を失った。

 

その接点を取り戻す鍵が、「至福、無常の喜び(BLISS)」なわけ。

 

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光に重なるトキ、時間は消える。

エネルギーが最大値まで活性化して、ゆっくり、もっとゆっくり、ついには音もなくはじけて時間が消える。

そこは永遠。

過去も、未来も、全部ふくめた次元での、宇宙の生身の姿に触れる場所。

 

 

 

だからさ、時間の中心にある、時間のないポイントは「」だってことだ。

宇宙の中心は光だった・・・

 

そしてそこに向かうカギが「無上の喜び(BLISS)」。私自身の、どこまでも主観的で個人的な、ヨロコビ。

 

中心が光ってことは、中心空洞説ドーナツ理論(私が勝手に言ってる説)はかなりいい線いってるんじゃないか。(笑)

 

結局ね、最初からどこかに確固たるTRUE SELFがあるわけじゃなくて、そこにはなんにもないんだよ。空っぽ。空っぽのまわりに集まったホコリみたいな色んなアレコレを、糸でつないだりろくろを回したりしてカタチに仕上げたのが「ワタシ(現時点での)」なわけ。

 

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空っぽ(光)から生まれた影の部分が、時間であって空間であってワレワレのエネルギー的な存在。ホコリで例えててごめん。(笑)

 

記憶も、そこには時間がない永遠の影。影の影は光?

 

記憶は実態のあるブツじゃなくて関係性の中に浮かび上がる光。

 

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そう思うと、「夢(眠ってみるほう)」も永遠の断片だよねぇ。

 

対して私たちが見ている「現実」は、夢の影。

海底に眠る大はまぐりの夢に映る景色、蜃気楼。

 

ぷくぷく浮かぶ泡に反射する、一回限りの、夢。

なんて尊いんだろう。

 

このだらしなく垂れ下がる皮下脂肪も、息子たちに青筋ピキピキ立てる怒りのエネルギーも、尊い夢。。。

 

 

「人生はたった一度きりなんだよ、スヌーピー

(いやいや!死ぬのはたった一度きり。ぼくらは毎日を生きている!)

 

カウントできるのは、そこに数や回数が存在するのは、時間の中に生きているうちだけ。生きている内に、めいっぱい生きているって経験したいよねぇ。