選ぶな。鵜呑みにしろ。詰め込め。【学ぶってこういうことだぜ】

今の時期だからこそ読んでおきたい、エネルギー調整を促してくれる本

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『なぜ皆同じ間違いをおかすのか「集団の思い込み」を打ち砕く技術』のまとめ記事、完成!!noteで公開しておりますぞ。

 

 

「今見ている(感じている)世界」という世界観をひっくり返す本

そして早速次の本、『バレット博士』のまとめにとりかかっております。

 

BOOK CAFEシリーズは、ごちゃごちゃしすぎないように占星術ネタは控えることにする。んで、ブログでスピンオフ的に占星術ネタを追記していこうかな。

 

バレット博士がこの7(と1/2)章で紹介してくれている説は、2020年に出版された時点で最新のもの。私たちが一般的に抱く、今や常識となっている脳のイメージとはかなり違うポイントもあってオモシロイ。

 

スピリチュアルとか自己啓発界隈、心理学に触れる分野なら「脳の仕組み」に食い込むハナシは多々あると思うんだけど、捉え直さないといけないイメージは多そう。

 

ちなみにスピ界隈あるあるの、「メインストリームからは離れた仮説」を真実だ!最新だ!科学がまだついてきてないだけだ!(オレらが最先端でワカッテルだけなんだ!)って主張ではないです、この本は。

あくまでも、学術的に支持されている最新研究のハナシ。ほとんどの研究者によって「確かにそうだろう」、と確認(そしてこれまでの学説の訂正・修正)されたもの。

 

オドロキなのは、今普及している「脳の働きや仕組み」についてのイメージが科学的に誤りだったと認められたのが、つい最近のことじゃなくて結構昔からだったってこと。それなのに、今も私たちは昔のイメージを前提に脳のハナシをする。

 

これには「思想」とか「理想」とか、「人間観」が強く関わっているからね。なかなかひっくりかえらないもんなんだなぁ、と実感。それこそ、所有の悪魔集団的幻想

 

まずは「幻想」を幻想だと看破しないと。

それから、その幻想を創りだす仕組みに目を向けよう。

 

そんなわけで、BOOK CAFEそらふねで紹介するのはこの順番なのだ✌ワタシの企みが、うまく機能するかどうかは・・・わからないけども。とにかく、やってみよう。

 

 

認知機能、例えば「見る」という行為が、世界を受け取る、写し取るっていう受動的な行動だと思ったら大間違い。これって、天秤座(見られる意識、客観性)がなんで活動宮なのかって、ハナシじゃないか。

積極的に人に関わっていってバランスをとろうとする、とか、頭を働かせる知性が、とか、いろんな解説が付け加えられているけど、そもそも認知機能(知性・脳が外界を認知する働き)が能動的なものだってこと。

 

語感すなわち認知、じゃないんだなぁ。

むしろそのつながりは決して意識に上ってこないブラックボックス

 

牡牛座のしめすところも、教科書的解釈でごにょごにょしてた部分がスッキリしそうだ。五感、身体で受信する情報と、それを元に外界をどう眺めるか♉✕♎が死角150度にあるってのも納得だ。

 

「見る」という行為、視覚という五感はあくまでもバラバラに集められる材料。蓄積♉される素材。

 

目に入った光の周波数の違い👀音圧の変化👂化学物質やら摩擦やらあれやこれやの材料を、情報として伝達して☿♊、そこから「未来を予測して」描かれる映像なりニオイなり感覚ってのが、目の前の現実として構築☿♎される

 

つまり、目の前の「今」感じている感覚(景色、温度、きこえてくる声)は、「予測をもとに構築された(先取りして組み立てられた)現実」ってこと!!!

 

もちろん、今もこうして情報は絶え間なく入ってきている。入ってきた情報も素材としてその判断にフィードバックアンド調整される。ものすごいスピードだから、そのギャップはほとんど「今」なんだけど。厳密に言えば、今見ているものは今そのものじゃない。

 

受信した情報の断片

過去に蓄積したデータを参照

現実に起こるべきこと、反応を予測

感覚(見えるもの感じること)として配信

 

だからね、ワレワレは受け取ったそのものを見てるわけじゃなく、過去をもとに予測した現実を見てるってわけ。最も辻褄が合う現実を、大量の情報が秤の上で釣り合う状態を、能動的に作り上げてるってわけ。

ね、活動宮でしょ。つくるものは実体がないわけだから、地じゃなくて風なんだな。

 

 

この脳の仕組みについて詳しくは、もうすぐBOOK CAFEそらふねにまとめるからお楽しみに!!この手のハナシは、思想とか価値観にも絡んでくるから、受け入れられるかどうかはなかなか難しそうだ。

 

だからこそ、前置き部分に幻想、価値についての本を差し込んだわけだけど。どう捉えられて、どう解釈されるかは読み手に委ねるしかない。

 

それこそ、文字通り「人は見たい現実しか見ない」わけだし。

 

♊シーズンでよく聞く学び方あれこれ

大量の情報を前に手を付けられない、って人に「とるべき情報を選びなさい」ってアドバイスがある。その選択ができなくて迷ってるんだと思うけど。

 

例えば具体的にそれはどんな状態なのかね。

そりゃ遠くまで見渡せば大量にあるだろうけど。とりあえず手の届く範囲、両手でつかめる範囲でつまんでいけばいいんでないかね。

りんご狩りに行って、広大なリンゴ農園を前に圧倒されてりんごもがないってことないでしょう。届く高さの木になっている、おいしそうなりんごを探せばいいじゃない。

 

そして定番のアドバイス「誰から教わるかを選択する」。どのリンゴ農園のりんごがうまいか。好きなりんごブランドがあるならそこから行ってみればいいけども。別にあちこちのりんご狩りに行ったっていいじゃない!!

 

というか、いろいろ行ってみればいいと思うよ。

りんごについて、どんどん深めていきたいんだ!ってんなら、なおさら。最初の入口がどこであれ、知ってのは下から積み上げるもんじゃないからさ。

積むのは経験。重なっていって、厚みが出て、進めば進むほどたくましくなるのは経験とか実績とか、結果に現れるもの。

 

なんかこんなこと昔書いてたな!笑

starship.hateblo.jp

 

一般的な(でも「知」に関して言えば間違っている)学習のイメージ

脳の働きの構造と学習の仕組みは重なってる、というか学習って脳の働きを具現化したようなもんだと思うんだけど。それはネットワーク。遠く離れた土地をつなぐ、海を超える「風」ですからな。

学習はあちこちに散らばる情報に、ネットワークを結んでいくこと

 

うん。だから、あとからあとからネットワークがつながっていく。最初こそ、「正しいもの」を選び取ってそれに従うんじゃなく、「いろんな正解パターン」を収集していって、そこから抽出した共通パターンだとか派生するもんをつなげていけばいいんだよ。

 

だから、あるあるアドバイス「初心者は情報を鵜呑みにしない」「自分がピンとくることだけを採用する」にも(この点に関しては)私は反対意見

 

私が尊敬する、物理学者のペトロスキー博士もたしか「詰め込み」と表現していた。詰め込み教育はアカン、創造性をうんたらってのが主流の今ではありますが。素材がなければ、それをつなぐネットワークはしょぼいもんにしかなりませんからな。

 

つみこんだらおわり、ってのはもちろん意味がないけども、つみこまなければはじまらない。船に荷を乗せあちこちの島を行き来したらえーじゃないか。

花から花へと花粉を運ぶミツバチぶんぶん♊

バラエティ豊かに花を咲かせたいのなら、あちこちの花を飛びまわれ〜(そして花粉を積み込め!)

 

なにが正解か、誤解か、わからない初学者だからこそ、ひとまず鵜呑みにしろと私は言いたい。それを信奉し続けて考えを変えれなくならないようにだけ気をつければいいさ。Aを鵜呑みにして、Bを鵜呑みにして、Cを鵜呑みにする。そこでやっとABCの違いがわかる。選択の機会(知恵)が訪れる。

 

師は自分の知らない範囲までを見通せている。

初学者の「自分の分かる範囲」のちっぽけなちっぽけな判断力で、これは採用、不採用と決めるのは愚かだと思う。それはA以外のB、C、Dに触れてから採用不採用を決めればいいわけで。

 

 

最初はピンとこないことなんて山ほどあるさ。

情報と情報がつながったとき、断片だった素材が同じルートでむすびついたとき、そこに「ピン!」が発生するわけで。そうしてつくるネットワークが、そのネットワークのプロセスが、学びなんですから。

 

 

 

柔らかく、学ぼうぜ。