小惑星が重なる、投げ掛けられるツブテのメッセージ

小惑星を出して遊んでみたよ。

気になる神話の神様だったり人名を持つ小惑星、自分に縁のありそうな小惑星ホロスコープ上で出してみたら・・・誤差1度未満のタイトな小惑星ぞろぞろ。

こんなにフィットするもんなのか?と思って適当に出すと、やっぱりバラバラと配置される。やっぱり縁ある星ってのは、あるみたい。なんてったって小惑星の数は612011個だぜ。

 

ちなみに占星術でもよく登場する4大小惑星(セレス、パラス、ジュノー、ベスタ)たちは私のホロスコープでは特に目立つ位置になく、そんなに存在感はないから特に気にしてないのです。

 

Ascに合の小惑星

今世、地球ライフに送り出すエネルギーに重なる小惑星。縁の強いキーワード、象徴として読むとおもしろいね!

クレオパトラ

 

Cleopatra

古代エジプトの女王ですな。絶世の美女って枕詞で知られる彼女だけど、私的には「語学と外交術の天才」って部分がグッとくる。歴史をひもといてみると、容姿がずば抜けて美しかったというよりは、人の心をつかむ話術と行動力、機転の利く性格が人々を虜にしたっちゅうハナシ。

 

クレオパトラアレクサンドリアでこそ笑いを絶やさない、快活なマケドニアのお姫様にすぎなかったが、ここではかのイシスの神の化身だったからである。……どの停泊地でも神殿の祭司たちがやってきて、女王の前にひれ伏し、いと高き神のみ恵みを頭上にふりかけ給えとお願い申し上げた。

クレオパトラ―消え失せし夢

 

ドラマチックな人生もすごいけど、死に際もすごい。毒蛇に胸を噛ませて自殺とか、気位の高さというか自我の強さというか、とにかく「女王」ファラオの精神力なんだな。

 

 

スクナヒコナ

日本神話の神様。オオクニヌシとタッグを組んで、開拓・建国をすすめた。小人キャラで描かれることが多い。

 

一寸法師

神話に盛り込まれる歴史的事実・記憶って視点で見ると・・・スクナヒコナは海の向こうの国から来た民族だったんじゃないかな。船に乗って現れる、背が低めの神様・・・ってことはアジアの海洋民族かな。

 

オオクニヌシの別名(本名)オオナムチと対になるコトバが「スクナ」で、物語の中でも常に一緒にいることから、オオクニヌシの別の側面を別キャラで描いてるって説もある。

 

スクナヒコナコロポックル説とか可愛すぎる。

 

分身、自分の小さな片割れ、プロジェクトの協力者・・・そんなエネルギーを連想する小惑星クレオパトラの小さな分身?彼女の大胆な行動力、計略は、誰も知らない親友のコロポックルからの助言だった・・・!ってストーリーが思い浮かんだ。おもしろいかも。

 

エジプトにも小人とか妖精とか、って小さな「ヒトではないもの」っているのかな。あ、ジンか。ジンにサイズは関係ないからな。

中東でいう妖精とか精霊、鬼にあたる存在がジンクレオパトラにジンがついて(憑いて?)いたってのはどうだろう。ありえそうでオモシロイ。

 

そういえば漫画『マギ』で出てくるジンは、「王の器」にふさわしい人物を見定めてパートナーになってサポートする、そんな存在だったなぁ!!!女王の器に選ばれたクレオパトラ!!

 

 

ちっちゃな船で渡来するイメージから一寸法師のモデルになってるとか。なんかふと・・・補陀落渡海を思い浮かべてしまった・・・

 

で、何気にググってみたら、例の場所に祀られてるじゃあないか。

なんと、スクナヒコナはここから常世に旅立った、と。

 

 

そうそう、今朝は久々にくっきりハッキリ、折に触れてよく見るあの夢。

船が水没していく、そんでもって町も大洪水で沈んでいく場面。。。

 

ノアの時代の記憶だろうか(笑) 神話で語られる大洪水、大噴火は地理や生物学の研究が進んでほんまにあったぽいぞ、ってハナシだし。恐怖の記憶ってのは、遺伝子に刻まれて何世代も継承されるもんだから。(トラウマが遺伝するのは有名?な現象)

肉体を離れた精神的な要素(魂とか)の輪廻転生とかそういうハナシじゃなくっても、数世代を遥かに越える身体的(DNA上の)記憶が何かの拍子に浮上するってことあるだろうね。

 

補陀落渡海は、肉体じゃない方の記憶だろうけど・・・

なんにしても、私が引きずっててもしょーがない案件は、とっとと鎮魂なのです。

 

あ、そうだ。日本の「流す」風習。スクナヒコナと、ヒルコ。

イザナキとイザナミの最初の子ヒルコは不具の子で、川に流されてしまった。一説ではヒルメとヒルコの男女の双子で、ヒルメ(太陽の姫)が後のアマテラス、双子の片割れ(弟?)は川流しされたって説。

アマテラスを歴史上の統治者として見るなら、王族の血筋。であればなおさら、風習とかに厳しいでしょうし、縁起が悪いとされた双子は片方が川流しの運命に。

 

イティハーサ』のとおこも流された方の双子だったな・・・!!流された経緯は違えど。

 

未だに謎なのは、補陀落渡海のハナシを聞いた瞬間に身体と精神が分離したような同時に別の時間が流れ込んでくるような不思議体験したのだけども…

 

(こういう眉唾体験談ってものすごく抵抗があってブログで書かなかったんだけども、開き直って記録しておく)

 

その時に頭の中?心の声?というか、意識の中で「お母さん、なんで…?」みたいな感覚がフッとあったのね。真っ暗な箱?船?の中で、波なのか?揺られてて?

いや、ただ間際に母を想う子の気持ちだったのかも。恐怖や不安を感じるときに、人が求めるのは母だもの。

 

いろいろ理屈やらストーリーは紐付けられるけども、深追いしたり無理くりほじくり出して「癒やしてあげる」必要はないかな、と思う。

 

トキが来たら、ちゃんと自ずから解消されることもある。私は今年がそうなんだろうな、って気がする。

 

月に合の小惑星

無意識の世界、そんでもって母/子に関連付けられる月、ここにも誤差1度未満ぴっちりコンジャンクション小惑星

 

ミスラ

Mithras

これまた思い入れの深い神様なのよね。イラン神話に出てくる、冬至と太陽の復活を象徴する神様。太陽は火であり、光であり、生命と心理の象徴でもある。

もともとは民間信仰だったところから、密教的な色味を帯びてキリスト教やら諸宗教に影響を与えたミステリアスな信仰の主神としても有名。

 

「契約」ってキーワードがあるけど、これは西洋の自然観、価値観からきてるんじゃないかな。日本語でいうシンプルな約束ごと、お仕事の取り決め、といった「契約」とはニュアンスが違う。もっと根元的な・・・絶対的な感覚としての「契約」。神との約束、とでもいいますか。

 

そういえば・・・

姉ねえが、フラワーエッセンスの最初の12種類、12ヒーラーズのオオトリ「ロックローズ」の癒し、祈りのコトバは「この世に生まる瞬間のためらい、恐怖を乗り越える不動の勇気」を伝えてくれるって表現してた。

 

Common Rockrose (Helianthemum nummularium)

 

地球ライフに向かうトンネルに突入するための勇気。

それは約束の場、魂が求める人やものに会いに行く勇気

 

ミスラのいう「契約」は、この「魂の約束」に近いような気がする。

そんでもってその約束は、地球上のコトバで簡単に言語化できる具体的なナニかじゃないと思うんだよなあ。『海獣の子供』でも、そんなようなこと言ってたっけ!!!

 

本当に大切な約束は、コトバで言い表すことなんてできない。

 

そうだそうだ!!契約の神ミスラが、祝福を象徴するのもすんごくオモシロイ。

 

そうだ、内田樹せんせが「祝福」についていってたこと。

 

目にうつるそのままの姿を、そのままに描写すること。写生的に表現すること。それがスバラシイとかイダイだとか価値判断抜きにね。記述すればするほど、記述しきれない「ナニか」が浮かび上がる。そのコトバにできない尊い「ナニか」を伝えようと、コトバを尽くす。それが祝福なんだ、と。

 

ああ、もうこれってそのままホロスコープじゃない?

 

記述できない(情報じゃないから)尊くて愛おしいナニかを、記述する。

それは「ナニか」を限定するもんじゃないの。

 

逆だよ、限定しきれない無限の広がりを持つナニか(私という存在)を表現してるの。祝福してるんだよ。

 

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祝福は、祈りでもある。

祈りは「こうありますように」とか「こうだったらいいな」っていうお願い事と違うよ。

 

これ(祝福としての祈り)は「全託の祈り」。運命愛、Amor feti。

自分を信じて、世界を信じて、時と空間(=宇宙)の座標Pにいる自分を、宇宙そのものに委ねる姿勢。それが祈り。

 

宇宙を含めた自分の存在を肯定する姿勢

 

自分の物語を祝福する。これぞ生命賛歌!!

そして祝福(祈り)はタマシイの浄化する、鎮魂の儀でもある。

 

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ロックローズの不動の勇気でもって訪れた地球ライフのさ、「約束」が自分の中にあるのよ。意識化(言語化)できなくってもちゃんとそこにある。というか、できないからこそ尊い自分の一部。

それをまっすぐに見つめるのが、ミスラの祝福。何かの判断基準にそって「はい、正しいです〜」「そっちじゃありませーん」って裁くんじゃなくって。なんの基準も条件も付け加えずに、つるんつるんの目で見てつるんつるんの心で受け入れるのが、契約と祝福。ミスラの伝えるエネルギー。

 

古代中国の思想では人は皆「天命」(成るべき要素)を持っていて、それは生まれ持った刻印なんだと考える。天命を知るには、「心を盡(つく)す」こと。「盡」という漢字は、皿の上を掃いている図像らしい。

「天命」(自分に刻まれた刻印)を見たいなら、いらんもんいっぱい乗ってる心の皿を払おうぜ、ってこと。

 

「その心を盡(つく)すものはその性を知る。その性を知れば則ち天を知る。」

孟子が言うには、心をつくす→「性」を知る→「天」を知る、という順番で明らかになっていくのね。明らかになる。あきらむ。あきらめる。

 

これは明らめる=諦める過程。

執着を手放す、って言い方なら耳馴染みがあるかな。

手放す、差を取る、悟る。

最終的には悟るってこと。それが天を知るってこと。

 

まずは心をつくすことから。

「盡(つく)す」の「盡」という漢字は、皿の上を掃いている図らしい。心をつくすってのは、心という器に集めて積み上げたあれやこれを、丁寧に掃除していこうってこと。これは、能楽師・安田登せんせの説。

 

 

ミスラが月と合なもんで、私の中でこの「契約(約束)と祝福」ってのは切っても切れないキーワードなんでしょうな。どうしても、ここに戻ってきてしまう。何度もブログでも書いてるし。

 

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木星に合の小惑星

私の木星は、月と3度差の合だからセットで読んでも良いのかもしれないけど・・・。ここにもオモシロイ小惑星が。

エンジェル

天使、ですな。木星とのペアだから、「善なるもの」の象徴として浮かび上がる。「善く生きる」ってのも私の人生のテーマ。

 

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木星、そしてエンジェルが創造の5ハウスにあるから、「善き未来」は受け取り手としてじゃなく創り手側で、「実感を伴う経験として味わいたい(牡牛座)」わけだ。

 

 

何か(大切なもの)を受け取るということは、「借り」をつくるということ。8ハウス、継承と契約、深い結びつき。

ちょっとうまい言い方がまだ思いつかないんだけど、生命をもらい受けた時点で、私には「借り」があるってこと。両親に。祖先に。自然に、地球に。宇宙に。世界に。

 

「借り」は返さないといけないのだよ。完全な返済は単純に考えると「死」なんだけども、単純な「オワリ」の死じゃないのだよ。何事もなさずに帰してしまうと、単なる返品だ。

 

何かしらお礼をする。生命を大きな視点で見た世界には時間は存在しないから、生命(のパワー)を注ぎ込んだお礼も時間を超えるはず。

 

Pay it forward

恩返しは、恩送り

 

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あれ、ここにも「契約」がでてきた。。!

この過去記事で書いた「命に問う。命は全てを知っている」ってのもつながってくるね。

 

Dscに合の小惑星

まだまだあるよ。

ヴァルナ

今度はミスラと対になる神様、ヴァルナ。なんとこちらはDscに合ときた。ヴァルナ神は水、そして海の神様でもある。海との縁の強さよ・・・笑

ヴァルナ神が司る水、海は身近な存在としてのウォーターではなく「原初の海」。生命の記憶、情報の全てがある場所。DNAにもその水の情報があるんでないかな。

 

地球の海は、最初は真水だった・・・ってハナシも思い出した。

 

 

 

古代文明は地下都市(シャンバラ!)

★地球の主役は植物、それを理解したうえで発展した高度な文明

★全体の調整(コーディネータ)役の生物ニンゲン

★地上では植物相にダメージがない空中移動(UFO!)

★恐竜とニンゲンは同時期に生息していた(実際に化石も発掘されてる)

★月はもともと外部天体⇒地球とバッティング⇒衛星化(1万5千年前)

★月の氷が降り注いで海ができた⇒重力変化&洪水&大量絶滅

★太古の水はエネルギー値の高い真水⇒しょっぱいミネラル豊富な海水

 

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月も関係してくるね!

 

MCに合の小惑星

ツクヨミ

最後に、ここ。日本神話の3トップ三姉弟、アマテラス、スサノオ、そしてツクヨミ。不思議なのは、これだけ目立つ一軍メンバーのはずなのに、ツクヨミのストーリーが神話でほとんど語られてないこと。影が薄い神様・・・?

 

ぞわっとしたのは、この小惑星が発見されたのが那智勝浦の観測所だってこと。。。補陀落渡海の聖地じゃねえか。

 

その名の通り、月(夜)に関連する神様。

イザナキはアマテラスに昼の空を、ツクヨミに夜の空を統治するようにいった。スサノオは海だったね。昼と夜の対比、姉弟神ってところ、ヒルコとヒルメも思い浮かぶなぁ。ツクヨミは生まれてすぐ物語から姿を消すし。。。

 

月相を読む、暦の術プロジェクトもつくよみっぽいなぁ〜って思ったり。今はお休みしてるけど、また何らかのか達でプロジェクトを立ち上げるかも。

 

ちなみにツクヨミもMCと誤差一度未満。

ここのサビアンシンボルは「環状の道」「天体の軌道について熟考する男」。

天体の軌道(周期)・・・

 

 

暦が読める、ってのは、「今現時点がどんな数や記号で表されてるのかわかる」ってことじゃない。

流れが読めるってこと。展開の大筋が把握できてるってこと。

 

牧羊犬が羊の群れを流れるように柵の中に追い込めることができるように、潮の流れを読む船乗りが行きたい方向に船を仕向けるように、集団の大きな動きを特定の方向に誘導することができる。

目の前の一匹ニ匹に構いすぎることなく、最終的に全体がどう動いていくのか、今目の前の動きと未来の動きを同時に見ることができる「目」を手に入れることができる。

 

 

そういう点で言えば、

ちまちまと今日の運勢や今月の流れをこうでしょうああでしょうと言うのは、暦を読むっちゅう凄まじい影響力を使いこなしてるとは言えないのかもしれない。

 

星星のスケールでモノゴトの展開を把握できるってことは、その他大勢の人々よりも「大きなスパン」で時間を把握できるってこと。

ニンゲンの時間感覚ではピンとこないくらいの、より大きなスパンを把握させてくれるからこそ、暦は凄い。

 

いちニンゲン視点では把握しきれない大きな周期のモノサシとして読み方を知っている、ってのが、暦が読めるってことなのかもしれない。

 

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やっぱり、モノサシとしての占星術(暦)にすごく興味あるんだよね。

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暦が周期や起こる出来事を決めてるんじゃなくて、暦はリズムの中に生きるワレワレの現在地を示してるだけ。

トキを記述するモノサシ。

 

例えばお湯が湧くタイミングをキッチンタイマーが教えてくれる。でもお湯が沸いたのはキッチンタイマーが鳴ったから、じゃないでしょ。それはおかしいでしょ。

 

お湯はお湯で、お湯のパターン(リズムや状態の移り変わりのタイミング)をそれ自体が持っている。

キッチンタイマーの特定の目盛りは丁度お湯の持つ特定のタイミングに合っていて、そのリズムの一致を使ってタイミングを測ることができる。

 

結局、タイマーが鳴る=お湯が沸く で言ってること一緒なんだからいいじゃないか!

って言われるかもしれない。

確かに、私はなんでそこをこんなにも気にしてるんだろう??って。

 

 

キッチンタイマーをより正確に、そしてそのリーディング技術やノウハウをより精密に。そうやってキッチンタイマーに夢中になってるうちに、もともと注目していたはずのお湯そのもの♨を忘れちゃいないか?って思うんだよね。

 

私はお湯そのものに興味関心があるってだけなのかも。

 

それはキッチンタイマーを通してその性質を測ることができるけど、お湯そのものを感じるためにはお湯そのものに目を向けないと。

 

でもきっと、そのお湯は目に見えないし、沸騰した音も聞こえない。

だからキッチンタイマーが必要になるんだけど、キッチンタイマーをきっかけにして「そうかそこにお湯があるのか、今お湯はこういう状態を示しているのか」と、自ら感じようとしたい。というか、しなきゃ、って思う。

 

それで、あぁこの感じがこの湯加減。って思い出していく。

ってのも、そもそもこのお湯は見えないし聞こえないけども私は常にこのお湯の中に浸ってるわけで。

 

魚の暮らす池の水みたいに、自分のいのちを生かす場そのもののはずだから。

普段気に留めていないけど、それを感じること、感じようとすることは誰もができるはず。キッチンタイマーがなくたって、その読み方を知らなくたって。

 

結局自分で感じ取ることでしか、お湯そのものをお湯そのものとして受け取ることはできないわけで。

キッチンタイマーはその段階においてはなんの役にも立たない。

 

姉姉は、「結局、永遠といわれてるものってその人の魂が反応するってことだもんね」とさらりと言ってのける。(かっこよすぎる……)

 

永遠=真理は、知識じゃ到達できない。

真理を記した様々な表現、キッチンタイマーやらなんやらってツールを読むには、知識は必要だけど。

 

そもそもお湯の感覚ってのは説明できないけどなんとなく(知識レベルじゃなく、魂のレベルで)わかる=持ってるはずなんだ。

知識(学び)はそれを確認していくもの、感覚の辻褄合わせだとか、「あぁ、こう表現することもできるのか」って発見させてくれるものなのかも。

 

 

キッチンタイマーを取り扱う者として、なにがそんなに気になるポイントなのかっちゅうと…

本来のキッチンタイマーの役割が、キッチンタイマーをきっかけにしてキッチンタイマーから目を離し、お湯の状態や存在に目を向けること、だと思ってるからなんだ。

 

キッチンタイマーにこだわって、ぐらぐら煮え立つお湯につかりながら、ああキッチンタイマーが鳴ってるから!キッチンタイマーでもっと何がわかる?キッチンタイマーで私はこれからどうすればいい?とキッチンタイマーに目を釘付けにすることじゃない。

 

そんでもって、キッチンタイマーにはお湯のぐらぐらを伝える役割があっても、そのお湯にどう向き合うかは自分で決められる(というか決めないとどうしようもない)ってこと。

 

向き合うには、一旦キッチンタイマーから目を離して目の前のお湯に身を浸さないと(浸していることを自覚しないと)いけない。

 

読み手はいろんな占術を勉強する。

もっといろんな種類のキッチンタイマーを手にすることで、いろんな表現でお湯について教えてくれるかもしれないけど、キッチンタイマーをたくさん持ってるからその分お湯に近づけるってわけじゃない。

 

お湯について学ぶのと、お湯を感じることは、全く全くまーーーーったく違う。

 

色が見えない人が、どれだけ赤色とはどんなものか、その情報を色んな角度で(波長の幅、心理的影響、文化的な用いられ方、赤を有する物の名前)学んだとしても、それは「赤を見る(感じる)」ことと全く違う。

 

 

そういう視点で、たかが暦されど暦、モノサシと現実とワタシという三角関係を感じていこうよ、って頑張って書いてるのが【暦の術プロジェクト】。

暦を過大評価せず、かといって過小評価もせず(タイマーが指し示す大切なタイミング見逃すことのないように)、繰り返し繰り返しそのリズムと現場の感覚を擦り合わせていこうってココロミ。

 

言ってることも、やってることも、やっぱり人気のない暦の術プロジェクト(笑)

 

お湯の存在を感じて、そのリズムに自分を調律していくこと。それは胡散臭い言い方をすれば、真理に近づく(感じとる)ことなんだと思う。

 

言語化されない、言語化できない、知識じゃ到達できない世界。それでいて、私達が常にどっぷり浸かっている世界。

生命の根源に触れて、それと自分の結びつきを感じとって、生命力を刺激しないわけないでしょう?

 

だから生命力をふるわす術、なの。暦の術は。

暦そのものに影響力があるわけじゃなく、読み手に魔力があるわけでもなく、

 

源泉かけ流しを一緒に楽しもうぜ、って。

 

あー、赤子が起きた!!今日はここまで!